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超能力

仮にだ。世の中の自分以外のほとんどの人間が超能力を使えたとしよう。

彼らは歩くなんてことをせずに移動は常に空中浮遊。机の上のものを取るのもいちいち立ちあがったりしなくたって、意のままに手元まで運ばれてくる。本のページを指でめくることすらしなくていい。

一方、自分は空中浮遊なんて出来ないので移動はせっせと歩いたり走ったりしないといけない。机の上のものは立ちあがって取りに行かないといけない。本を読むごとにページは手あかで汚れていく。

そして、世の中にはいろんな人がいる。

「可哀想」と同情してくれる超能力者たちのなかには走ってる自分を超能力でスピードアップさせてくれる人もいるだろう。机の上のものをわざわざ超能力で届けてくれる人もいるかもしれない。「本が汚れるから指で触るな」と言ってくるような人だっているかもしれない。

自分が趣味でしてる山登りやマラソンの様子をメディアが取材にくるかもしれない。超能力がないというハンディを乗り越えた感動のストーリーとして大きく報道されるかもしれない。

自分は人を笑わせるのが好きだからお笑い芸人になったとして。超能力がない分、あんな笑いもこんな笑いも作れる。やがて人権団体から「超能力を使えない可哀想な人にどうしてあんなひどいことをさせるんだ」と猛抗議が来るかもしれない。結果、好きだったお笑いが出来なくなってしまうかもしれない。

もしも自分だったら、超能力が使えないことが美談とかお涙頂戴とか思われるのは仕方がないけど、心の中ではそう思われるのはやっぱりちょっと嫌だと思うね。そもそもそんな素晴らしい人間でもないし。

世の中にはほんとうにいろんな人がいる。

ミゼット・レスラー(いわゆる“小人レスラー”)のホーンスワグルは好きです。リアクションがおもしろいのと同い年だという所が。

ちなみにHornswoggleはホーンスワゴーと読むのが正解。googleはグーグルじゃなくてグーゴー。ゴーゴー。行け行け、ゴーゴーコイケヤ、ポテトチーップスてなもんや。

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